紳士のための首都圏ソープランド情報

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おとせんコラム

昭和40年代の半ばに、田んぼの真ん中に突如、出現したソープランド(トルコ風呂)。雄琴の誕生物語は、かなり異質。吉原や堀之内の嬢たちが奮戦!

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 東京の吉原や札幌のすすきの、名古屋の中村、岐阜の金津園、神戸の福原、香川の八重垣などは、かつては遊郭や赤線であった、言わば伝統ある老舗のソープランド街。その一方で、戦後しばらく経ってから、風俗とは全く無縁であった場所に、突如形成された雄琴のようなソープランド街もある。


 滋賀県の大津市にある雄琴(温泉)は、近くに日本三大霊場のひとつである比叡山延暦寺があり、「その開祖である最澄によって開かれた」とされている。その歴史は、実に1200年。由緒ある温泉地なのである。

 そんな伝統ある温泉場の近くにソープランドが出現したのは、今から遡ること約50年。昭和46年の2月に、『花影』なるソープランド(当時の名称はトルコ風呂)店が誕生。それを契機にトルコ風呂店の開店が続き、『花影』の誕生から6年後の昭和52年には、雄琴のトルコ風呂店の数は47にまで拡大した。

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 『花影』が登場する前の雄琴(温泉場ではなく、ソープランド街の)は、長閑な田園地帯で娯楽施設などは一切なし。そこに、田守世四郎という人物がトルコ風呂店を開店させ、異例の大繁盛。

 当時の雄琴は、湖西線の開通前で、浜大津からのバスが一時間に一本だけという交通の便が悪い場所であったため、『花影』の開店前には、「あんな辺鄙な場所にトルコなんて作っても誰も来はしない。潰れるのは時間の問題」などと陰口を叩かれていたようだが、実際には、開店と同時に、滋賀だけでなく京都や大阪などからも、マイカーに乗った大量の客が押し寄せ、嬢たちが十分な休憩も取れないほどの大盛況となり、すぐに複数の後続店が登場。それに伴い、周囲に飲食店やアパートなどが立ち並ぶようになり、長閑な田園地帯が活気ある“街”へと変貌を遂げることになる。

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 ちなみに、『花影』の開店当時に奮闘した嬢たちは、地元で集められた女性ではなく、田守世四郎氏が、吉原や堀之内などの関東のトルコ風呂から呼び寄せた(スカウトした)泡姫たち。雄琴(『花影』)の開店フィーバーの要因のひとつには、関東の嬢たちの確かな技術力があったのである。

19/12/26 09:39:46


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