紳士のための首都圏ソープランド情報

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おとせんコラム

ソープランドの起源は、中東のスチーム・サウナ『ハマム』にあり! 吉原がソープランド街になったのは、時代の変化に伴う苦肉の策!?

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 ソープランド(トルコ風呂)の起源は、『ハマム』に求めることができる。『ハマム』とは、中東の伝統的な公衆浴場(スチーム・サウナ)のことで、そこでは、垢すりのサービスなども行われている。その『ハマム』を、許斐氏利という、かつて射撃の日本代表選手であった人物(戦前は右翼の活動家として奔走。戦後は実業家として活躍)が、海外遠征した際に体験して感動し、1951年に『東京温泉』という名のスチーム・サウナ施設(トルコ風呂店)を銀座で開店させ、それがソープランド誕生のきっかけになったのだ。

 とは言え、『東京温泉』では、垢すりは行われていたものの大人のサービスはなかったため(垢すりも、女性が服を着たまま行っていた)、「『東京温泉』=(大人のサービスを行う)元祖トルコ風呂」ということにはならない。『東京温泉』は、大人のサービスを行わない、純粋なトルコ風呂(スチームサウナ)店であったからだ。

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 ただし、『東京温泉』の垢すりサービスをヒントにして、同業の後続店が大人のサービスまで始めたことは事実であるため、しばしば、「『東京温泉』=元祖トルコ風呂(ソープランド)」と解釈されることもある。

 いずれにしろ、1951年に『東京温泉』が誕生していなかったら、ソープランドの歴史が大きく変わっていたことは確実(もしかしたら、ソープランド自体が、出現しなかったかも)。なので、『東京温泉』は、大きな意味での「ソープランドの生みの親」とは、やはり、
言っていいのかもしれない。

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 ちなみに、吉原にソープランド街が形成されていったのは、1950年代の末頃から。ただし、それは、『東京温泉』の登場をきっかけにして、過激な垢すりサービスを売りにしたトルコ風呂店が人気を集めて林立したためというより、1958年の4月に施行された売春防止法の影響の方が、遥かに大きい。売春防止法の施行により、赤線が廃止され、吉原で営業を行っていた多くの売春宿が転業を余儀なくされたため、ある意味、苦肉の策として、トルコ風呂街が形成されていったのだ。

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 というわけで、吉原は、時代の変化に伴い、赤線地帯から日本一のトルコ風呂(ソープランド)街に生まれ変わることになった。現在、吉原で営業をしているソープランド店の数は、約150。残念ながら(?)、今は、ソープランドでは、垢すりサービスは行われていない。

19/01/17 10:52:15


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